大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 平成3年(ワ)66号 判決 1993年9月28日

原告

齋藤富雄

齋藤そめ

右両名訴訟代理人弁護士

渡辺義弘

被告

青森県

右代表者知事

北村正哉

右訴訟代理人弁護士

米田房雄

右指定代理人

佐々木俊二

外二名

主文

一  被告は、原告齋藤富雄に対し、金七三六万〇〇九八円及びうち金六六九万〇九九九円に対する平成二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告齋藤そめに対し、金六八六万五〇九八円及びうち金六二四万〇九九九円に対する平成二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告齋藤富雄に対し、金二三三九万五〇〇〇円及びうち金二二二八万五〇〇〇円に対する平成二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告齋藤そめに対し、金二二四四万五〇〇〇円及びうち金二一三八万五〇〇〇円に対する平成二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告齋藤富雄(以下、「原告富雄」という)は、亡齋藤孝宏(昭和四九年二月二七日生、平成二年七月一九日死亡、以下、「孝宏」という)の父であり、原告齋藤そめ(以下、「原告そめ」という)は、孝宏の母である。

(二) 被告は、青森県立田名部高等学校(以下、「田名部高校」又は単に「学校」という)の設置者である。

(三) 孝宏は、平成元年四月、田名部高校に入学し、入学後間もなく同校が教育活動の一環として位置づけている課外クラブ活動である漕艇部(以下、「ボート部」という)に入部し、二学年に在学中の平成二年七月当時もボート部に所属していた。同月当時、、ボート部の顧問教諭は、森田勝博(以下、「森田教諭」という)、三好淳美(以下、「三好教諭」という)及び、蛯名修一(以下、「蛯名教諭」という)の三名(以下、まとめて「顧問教師ら」という)であった。

2  本件事故の発生

(一) ボート部は、第四五回国民体育大会夏期大会漕艇競技会青森県選考会に出場するため、平成二年七月一九日午後四時ころから、青森県むつ市大字田名部字内田所在のむつ合同艇庫前付近の新田名部川において、孝宏を含む男子部員二〇名、女子部員一四名の合計三四名が参加して調整練習を実施した。右練習に際し、森田教諭は同日午後三時五〇分ころから、三好教諭は同日午後五時ころから、前記練習場所付近において、指導監督にあたっていた。

同所は前々日来雨が降り続き、同日も午後二時ころまでは雨が降ったり止んだりの空模様で、午後四時ころの天候は曇りであった。そのころの同所付近の川の水は土色に濁った泥水で、気候の平穏な日の同じ時間帯と比較して水位は三〇センチメートル程度高くなっており、また、上流の水門が完全に閉鎖されていなかったこともあり、上流の激しい水流の影響を受けて同所付近の水流もかなり複雑な動きを形成していた。

(二) 孝宏は、同日の練習において自らの使用するシングルスカル艇(漕手が両手に一本ずつオールを持つ形式の小型の一人乗りの艇[進行方向に背を向けて乗艇する]、以下、「艇」ともいう)を用い、午後四時三〇分ころから陸上においてリギング(自己に配艇された艇の艤装品をその場で自己の体型、漕ぎ方に合わせること)を行った後、午後五時四〇分ころ乗艇し艇の調子をみるため前記むつ艇庫前の川岸から対岸に向かって二、三回オールを漕ぎ、川岸から対岸に向かって約四〇メートルの付近で方向を変えようとした瞬間艇の進行方向に向かって左側(孝宏の右手側)のオールがクラッチ(艇にオールを繋ぎ止める部分)から外れ、艇は同左側に転覆し孝宏は同川の水中に投げ出され、そのまま同日午後五時四五分ころ、同所付近において溺死した(この事故を以下、「本件事故」という)。なお、孝宏はもともと全く泳げなかった。

3  責任原因

(一) 国家賠償法一条一項に基づく被告の責任

(1) 公立学校の課外クラブ活動は、教育活動の一環と位置づけられるから正課授業と同様に、学校設置者はそこから生ずる危険から生徒を保護すべき責務がある。そして、校長や教師は同設置者の機関として、生徒の安全を保護すべき職務上の注意義務を負担している。ことに、課外クラブ活動により、校外における施設環境のもとで運動部の練習をするにあたっては、そのこと自体による危険の発生を予想し、事故防止につき生徒を十分指導し、そのための安全措置をとったうえで練習を開始させるべき注意義務がある。

(2) 本件事故における顧問教師らの過失について

本件において、田名部高校の校長や顧問教師らには、以下のとおり注意義務を怠った過失がある。

① 青森県高等学校体育連盟等発行の「高校スポーツ活動にける安全指導の手引き」(以下、「手引き」という)によれば、その漕艇競技編において、漕艇競技において想定される事故の種類として、バランスを失うための艇の沈没、オールが外れた時の艇からの転落等が典型として挙げられており、事故を事前に防止するための防災態勢として水泳訓練の実行が挙げられ、最小限五〇メートル、かつ浮き身、立ち泳ぎ程度の水泳能力が必要とされている。ところで田名部高校では生徒らが泳げることをボート部への入部の条件とはせず、入部後十分な指導を行うことを前提として、全く泳ぎのできない生徒についてもボート部の入部を認めていた。したがって、顧問教師らは、泳ぎのできない生徒がボート部に入部した場合は、その生徒に右程度の水泳能力を身につけさせるべく水泳訓練を実施すべき注意義務があったというべきである。

しかるところ、孝宏は、全く泳ぎができなかったが、右学校の方針を信じてボート部に入部したものであり、孝宏がボート部に入部間もないころから水中に転落して先輩部員に助けられたことがあることからも、指導教師たる顧問教師らは、孝宏が泳げないことを当然に知っていた筈であるし、仮に知らなかったとすればボート部員の水泳能力を把握していないそのこと自体に過失がある。ところが、ボート部の指導においては、ここ数年間漕艇競技の各種大会出場のための練訓に時間を費やし、水泳訓練を実施せず、孝宏は入部以来本件事故時まで水泳訓練を全く受けられないできたものである。このように、顧問教師らには、生徒に対し水泳訓練を実施すべき注意義務があるところ、本件事故発生まで数年間にわたって水泳訓練を実施しなかったという指導計画上の注意義務に反する過失がある。

② 次に、顧問教師らには、課外クラブ活動の指導にあたっては、各生徒の能力、技能の発達段階に即した指導を行う注意義務があるところ本件事故当時における孝宏の能力、技能段階等からすれば、泳げない孝宏を前記気象条件の本件事故現場において一人乗りのシングルスカル艇に乗せ、その運行練習をさせ、または右運行を許すことは、艇が転覆したり漕手が水中に転落するなどの事故の発生が当然に予想されることを考慮すると、不適切であったといわざるをえない。このように、孝宏の能力、技能の発達段階や当日の川の水流の状態等に照らしてみれば、顧問教師としては当然に予測すべきであった危険を予測せず、これに応じた適切な指導をしなかった過失がある。

③ また、顧問教師らには、前記のとおり水泳訓練をせずに漕艇練習を行うのであれば、本練習に参加しているボート部員の動きに注意し、特に水泳のできない生徒の練習においては、一人乗りの艇に複数乗りの艇を併走させるなどして立会監視を十分に行うべき注意義務があるところ、顧問教師自ら練習を視野に入れて立会監視する任務を行わずまた、救助艇を救助目的に使用できるよう管理しておくなど、立会監視に代わるべき艇の転覆等の危険発生による事故を防止するための組織的管理体制を整えておかなかった過失がある。

④ さらに、前記手引きによれば、漕艇競技に際し、公認浮き具の制定並びに備え付けの強制を具体化すべきであるとし、浮材充填硬質浮き輪一個、あるいは瞬間充填式堅牢軟質浮き輪一個を艇に常備すべきものとしている。また、ボート部においては、昭和四九年にボート転覆により部員三名が死亡するという重大な事故を引き起こしているものであるうえ、前記のとおり水泳のできない生徒の入部も認めていたのであるから、前記気象条件のもとで練習を強行する場合は、特に救命具の点検・チェック態勢が必要であった。しかるにボート部では、本件当時、練習時に殆どの部員が携帯式の救命具であるマリンポーチ(連結紐でベルト等にとめておき、水没すると自動的に浮き輪が膨張して浮上するもの)を装着していない実態にあった。右の点につき、顧問教師らには部員相互間のチェックを含むマリンポーチ装着の点検・チェック体制を確立し、点検・チェックをすべき義務があったにもかかわらず、これを行わなかった過失がある。

(3) 本件事故における学校管理者の責任について

① 学校の管理者たる校長は、右顧問教師らが当該クラブ活動の指導監督において前記義務違反をしないよう、適切な助言・指導を行うべき義務があるのにこれを怠った過失がある。

② 学校管理者は、課外クラブ活動が教育活動の一環として安全に運行されるよう総合的に配慮する義務がある。特に、課外クラブ活動が教育目的にかなって運用されているか、人的側面としては適切な指導者が配置されているかどうか、物的側面としては同クラブ活動の施設等に安全性に欠ける点はないかなどにつき配慮し、適切な措置をとるべき職務上の義務が存する。しかるに、後記のとおり救助の目的のためにある救助艇を本件練習時にはエンジンを取り外したまま使用できない状態で艇庫から離れた地点に置くという不十分な管理を行い、課外クラブ活動の条件整備義務に違反した過失がある。また、水上スポーツの練習においては生命の危険を伴うことがあるにもかかわらず、判断力の未熟な若年の新入生に対し、ボート部への入部に際し、泳ぎのできない者もボート部への入部を許可する方針をとった点において、安全配慮を怠った過失がある。

(4) 本件事故における孝宏の溺死は、前記(2)に述べた公務員たる指導担当教師たる顧問教諭らの各過失並びに前記(3)に述べた公務員たる学校管理者(校長は同管理の総括者)の各過失により惹起されたものであり、右公務員らは、前記のとおり学校の設置者たる被告の公権力の行使であるその職務の遂行に際してこれらの各過失により本件事故を発生させたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らに対し、後記損害を賠償するべき責任がある。

(二) 国家賠償法二条一項に基づく被告の責任

国家賠償法二条に定める「公の営造物」は国又は地方公共団体の特定の公の目的に供される有体物及び物的設備を意味し、動産も含まれると解すべきである。

本件事故当時、ボート部には救助艇があったが、救助艇のエンジンが救助艇から取り外されてしまっているうえ、同救助艇の設置場所自体が右練習場所から離れた場所にあるため本来の救助目的のために使用できない状態に置かれていた。右は造営物たる救助艇の瑕疵であるところ、仮に救助艇に瑕疵がなく、事故発生の場合に迅速に出動できる状態に置かれていたならば、孝宏の乗った艇が転覆しても、救助艇による迅速な救助活動によって孝宏の溺死という結果は防止できた筈である。このように本件事故において孝宏の死亡結果は右瑕疵に起因して発生したものであるから、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、原告らに対し、後記損害を賠償するべき責任がある。

4  損害

(一) 孝宏に生じた損害

(1) 逸失利益  金四一七七万円

孝宏は本件事故当時一六歳の高校生であり、学校の進学コースにおいて大学進学を目指して勉学に励んでおり、学業成績も優秀であった。

本件事故に基づく逸失利益は次のとおりの基準、方式により算定されその額は前記のとおりである。

(就労可能年数)一八歳から六七歳までの四九年間

(年間所得)平成二年「賃金センサス」(平成三年版)第一巻第一表による産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者平均給与額の年額五〇六万八六〇〇円(きまって支給する現金給与額月額×一二+年間賞与その他の特別給与額の方式により算出)

(控除すべき生活費)所得の五〇パーセント

(年五分の中間利息控除)ライプニッツ方式による

(逸失利益算出式)506万8600円×16.4795=8353万円(但し1000の位で四捨五入)

8353万円×50/100=4177万円(但し1000の位で四捨五入)

(2) 慰謝料  金一〇〇〇万円

前記のとおり、将来の人生を生きるべく学業に励んできた孝宏に生じた苦痛の慰謝料は金一〇〇〇万円を相当とする。

(二) 相続

原告らは被相続人孝宏の相続人の全部である。よって原告らは、それぞれ相続分に応じ孝宏の本件事故に基づく前記損害の賠償請求権を相続したその額は各金二五八八万五〇〇〇円ずつである。

(三) 原告ら固有の慰謝料  各二五〇万円

孝宏は原告ら夫婦の間に生まれた唯一の男子であり、孝宏の性格、人柄が誰にでも好感をもたれ、また学業成績も優秀であったため、原告らは、孝宏の将来を期待していた。このような孝宏を失った原告らの精神的損害は甚大であって、その原告ら固有の精神的苦痛を慰謝する慰謝料金額は原告ら各自につき各金二五〇万円が相当である。なお、前記孝宏本人の慰謝料が認められない場合は、原告ら固有の慰謝料としては、原告ら各自につき各金七五〇万円が相当である。

(四) 葬儀費用  金九〇万円

孝宏の前記死亡に伴う右葬儀費用は原告富雄が出捐した。

(五) 損害の填補

原告らは、本件事故による損害につき、日本体育・学校健康センター法及び同法施行令に基づく災害共済給付の給付金一四〇〇万円を受領し、原告ら各自は、その半額である七〇〇万円ずつを、原告ら各人は、それぞれが有する前記各損害賠償債権の一部に充当した。

(六) 弁護士費用

原告富雄は、本訴の提起及びその遂行に要する弁護士費用のうち金一一一万円、原告そめは同弁護士費用のうち金一〇六万円を、それぞれ本件事故に基づく損害として、被告に対し支払を求める。

5  結論

よって、いずれも国家賠償法一条一項又は同法二条一項に基づき、被告に対し、前記4記載のとおり、原告富雄は、金二三三九万五〇〇〇円、原告そめは、金二二四四万五〇〇〇円の各損害賠償請求権を現に有しているので、被告に対し、原告富雄は右金二三三九万五〇〇〇円及びこのうち弁護士費用を除いた金二二二八万五〇〇〇円に対する平成二年七月二〇日(孝宏死亡の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告そめは右金二二四四万五〇〇〇円及びこのうち弁護士費用を除いた金二一三八万五〇〇〇円に対する同日から支払済まで同様に年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1については認める。

2  同2のうち、本件直前に本件現場の水の流れがかなり複雑な動きを形成していたとの点及び孝宏が全く泳げなかったとの点は否認し、その余は認める。孝宏は、本件当時犬かき程度の水泳能力はあったものである。

3  同3(一)(1)については一般論として認める。

4  同3(一)(2)①のうち、「手引き」に当該記載がある点、ボート部の入部に際し泳げることを条件とはしておらず、全く泳ぎのできない生徒についてボート部の入部を認めていた点及びボート部においては水泳訓練を実施していなかった点については認め、孝宏が学校の方針を信じてボート部に入部したとの点については知らず、その余は否認する。

5  同3(一)(2)②及び③についてはいずれも否認する。

6  同3(一)(2)④のうち、「手引き」に当該記載がある点及びボート部において昭和四九年にボート転覆により部員三名が死亡する事故が起きている点については明らかには争わず、その余は否認する。

7  同3(一)(3)①は否認する。

8  同3(一)(3)②のうち、救助艇を本件練習時にはエンジンを取り外したままの状態で艇庫から離れた地点に置いていた点は認め、その余は否認する。

9  同3(一)(4)は否認する。

同3(二)及び同4についてはいずれも否認する。

三  被告の主張

1  課外クラブ活動の本質について

高校における課外クラブ活動は、生徒の自発的、自主的活動を前提とし、入部及び退部につき生徒の希望を尊重すべきものであり、本人の自主的意思に任されているものである。また、スポーツ活動をするにあたって少なからず危険は伴うのであるから、スポーツをする者にとって最も肝要なことは自助の精神であり、安全管理も第一次的には高校のクラブ活動であっても部員自身に任されているものである。ことに、孝宏はシングルスカル艇に乗って二年目であり、数多くの大会にも出場したシングルスカル艇の上級者であり、全くの初心者と同列には扱えない。

2  ボート部における安全配慮について

(一) ボート部では安全講習会において、孝宏を含めたボート部員全員に「手引き」を配付し、「手引き」の内容に沿って、水をあなどらないこと、生徒自身が水泳能力を高めるよう努めることを指導していた。そして、孝宏には、自ら水泳を習得する十分な機会があった。

(二) 次にボート部では、艇が転覆しないための次の安全指導を行っていた。

(1) 艇の整備点検は各自で責任をもって行う。特にクラッチ等の艤装品は命にかかわるものであるから他人任せにしてはいけないこと

(2) オールをクラッチに固定するクラッチピンは確実に締めること

(3) 乗艇中はみだりに立ち上がったり、艇を揺さぶったり、ふざけてはいけないこと

(4) 乗艇中はオールから手を離してはいけないこと

(5) 衝突の危険を避けるため、自分の航区(右側通行、特にシングルスカル艇は岸側)を守ること

(6) 悪天候の時(強風の時、波の高い時、流れの早い時)は乗艇しないこと、練習中止の判断は顧問が行うこと

(三) そして顧問教師らは、ボート部員に対して転覆した際は次のことを守るよう指導していた。

(1) 艇にしっかりつかまり、決して手を離さないこと

(2) 周囲の艇に助けを求めること

(3) 岸が近く、周囲に艇が見当たらないときは、艇につかまったままで足で水をかいて岸にたどりつくようにすること

(四) また、ボート部では、日常マリンポーチの装着について口頭で十分指導し、練習に際しては川べりを顧問教師の誰かが必ず巡視して、マリンポーチ装着を含めて気が付いた点があれば必ず注意指導しており、今まで練習の際、シングルスカル艇の漕手は漕艇中に必ずマリンポーチを装着していた。

3  当日の河川の増水状況について

当日は曇天であったが、現場付近の川は特に波が高いわけでもなく、風もなく、水流は緩やかで練習には好適なコンディションであった。また、川の水が濁っていても、ボート練習にとっては何ら差し支えないものである。

4  孝宏の水泳能力について

孝宏は、顧問教師に対し、水泳能力について犬かきができ、浮くことができて艇につかまるだけの水泳能力があると自ら言っていた。

5  本件事故の原因について

本件事故は、孝宏の過失によって生じたものであり、被告に責任はない。

(一) ボート転覆の原因

シングルスカル艇はオールがクラッチから外れることにより艇がバランスを失う場合を除けば、ささいなことでは転覆せず、特にクラッチピンを確実に締めてオールを艇に固定することは基本的な安全対策の一つである。ところで、本件で孝宏の乗ったシングルスカル艇が転覆した原因は、旋回時に進行方向左側のオールが外れてバランスを失ったためであると考えられる。クラッチピンを確実に締めていればオールが外れることはあり得ないのであり、特にシングルスカル艇は乗艇の際岸と反対側のクラッチピンは漕手本人以外は締めることができないところ、事故後の点検でクラッチピンその他艤装品に何らの異常がなかったことからしても、艇の転覆は孝宏自身がクラッチピンを確実に締めるという基本的な注意を怠ったことが原因で発生したものである。

(二) マリンポーチの装着について

顧問教師らは、シングルスカル艇に乗艇する者については、泳ぎの巧拙にかかわらず個人の責任で必ずマリンポーチを装着するよう厳重に指導していたものであり、日常の練習においても当然装着され、もしも装着していない時には顧問教師は直ちに厳しく注意し装着させていた。もし孝宏が顧問教師らの右指導に従ってマリンポーチを装着していれば、艇が転覆して水中に転落しても、マリンポーチにより水面に浮いているのであるから泳ぎの得意でない孝宏であっても近くにあった艇に容易につかまって救助を待つことが可能であり、溺死することはありえなかった。このように、泳ぎの得意でない孝宏にとって、マリンポーチは必要欠くべからざるものであり、孝宏は、自ら一年生の時の落水経験により、そのことを十分理解していたにもかかわらず、指導に反して当日マリンポーチを装着していなかったことは孝宏自身の責任であって、顧問教師らには予見できなかったことである。したがって、本件死亡事故の原因の第二は孝宏がマリンポーチを装着していなかったことである。

(三) 以上、本件事故は、孝宏の二重の過失によって惹起されたものであるから、被告には責任はないというべきである。

5  救助艇の管理及び本件当時の救助の態様について

救助艇は、海上練習の際の伴走と、競技の際審判用に追走する目的で備えてあるものであり、普段の河川での練習において救助の目的のため使用するわけではない。エンジンを取り外してあるのは、艇庫付近が住宅地であって河川敷には幼児でも容易に降りることができることから、幼児の事故や保管中の悪戯等を防止するためである。また、新田名部川の川幅は約五〇メートルしかなく、その狭いところで田名部高校及びむつ工業高等学校のボートが多数練習しているのであるから、救助艇を使用することは、後方に生じる波や衝突のおそれのため却って練習中の他のボートにとって危険であり、救助に救助艇を用いることは適切ではない。

また、本件事故は顧問教師や他のボート部員の目前で発生したものであり、直ちに四人のボート部員が河川中に飛び込んで救助に向かい、森田教諭も河川敷のナックル艇(幅が広く安定度の高い複数乗りの艇)を川に降ろして救助に向かったものである。孝宏を救助することができなかったのは、同人が転覆後すぐに濁水に沈み、その所在を見つけることができなかったためである。

6  損害額の算定について

仮に原告に過失があったとしても、

(一) 一八歳から稼働するものとして考えるならば、逸失利益は旧中・新高卒者の賃金センサスによる年間平均給与四五五万二三〇〇円を基礎に計算すべきである。また、二年後から四九年間のライプニッツ係数は16.3093であるから、生活費控除後の逸失利益額は三七一二万円(一〇〇〇の位以下を四捨五入)である。

(二) 慰謝料額は一三〇〇万円が相当である。また、死者の慰謝料と原告らの慰謝料とを分けて二元的に構成する合理性はない。

(三) 葬儀費用は八〇万円が相当である。

(四) 原告らは共済金一四〇〇万円の他、互助会の弔慰金一四〇万円及び県の弔慰金五〇万円、総計一五九〇万円を既に得て、損害に充当している。

(五) 前記のとおり、本件事故発生の原因は孝宏の二重の過失にあり、仮に被告に過失があったとしてもその割合は一割を超えないから、過失相殺が行われるべきである。

第三  証拠<省略>

理由

第一当事者らの地位

原告富雄が孝宏(昭和四九年二月二七日生)の父、原告そめが孝宏の母であり被告が田名部高校の設置者であることはいずれも当事者間に争いがない。

第二本件事故の発生

次の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

一孝宏は、平成元年四月田名部高校に入学し、入学後間もなく同校が教育活動の一環として位置づけている課外クラブ活動であるボート部に入部し、二学年に在学中の平成二年七月当時もボート部に所属していた。

二孝宏は、平成二年七月一九日午後四時ころから、むつ市大字田名部字内田所在のむつ合同艇庫前付近の新田名部川でボート部の練習に参加していたが、乗艇していたシングルスカル艇(長さ7.5メートル、幅0.4メートル<書証番号略>)が転覆、水中に転落し、同日午後五時四五分ころ同所付近において溺死した。

第三高校での課外クラブ活動における安全配慮義務について

高等学校の課外クラブ活動は、教育活動の一環と位置づけられるから、正課授業と同様に、学校設置者はそこから生ずる危険から生徒を保護すべき責務があること、校長や教師は同設置者の機関として、生徒の安全を保護すべき職務上の義務を負担していること、ことに、課外クラブ活動により、校外における施設環境のもとで運動部の練習をするにあたっては、そのこと自体による危険の発生を予想し、事故防止につき生徒を十分指導し、そのための安全措置をとったうえで練習を開始させるべき注意義務があることについてはいずれも当事者間に争いはない。

したがって、本件ボート部においても校外の自然水面上で行われるスポーツ競技であるという性格に鑑み、学校設置者たる被告に前記一般的安全配慮義務があるといえる。そして、右義務を履行できるのは、実際にクラブ活動の指導監督にあたっている顧問教師ら及び課外クラブ活動全体の運営にあたって指導監督的立場に立つ校長であり、右の者はいずれも被告が負担する安全配慮義務の履行補助者であると解するのが相当である。

第四本件事故の原因と具体的安全配慮義務違反の有無について

次に、被告が本件において具体的に安全配慮義務に違反していたか否かを判断する前提として、本件事故発生の経緯及び原因につき検討する。

当事者間に争いのない事実に、<書証番号略>、証人森田勝博及び同澁田卓資の各証言、原告そめ本人尋問の結果並びに弁論の趣旨を総合すれば、本件事故に至った経緯及び原因について以下の事実が認められる。

一孝宏のボート部における活動状況

孝宏は、平成元年四月、田名部高校に入学してまもなくボート部に入部した。当時ボート部には、森田教諭、三好教諭、蛯名教諭の三名の顧問教師がおり、地区のボート競技大会で何度も優勝するなどの成績をおさめていた。孝宏は水泳能力に乏しかったが、泳げることはボート部に入部する際の絶対条件ではなかったこともあって入部を決意した。

孝宏は、ボート部に入部してから合宿等を含めた練習を開始し、同年五月七日及び八日に開催された青森県春期漕艇選手権大会一、二年生大会にナックルフォア種目(ナックル艇に舵手一人、漕手四人が乗る種目)の漕手の一人として出場した。その際孝宏は、青森県漕艇協会員を講師として開催された安全講習会に出席した。顧問教師らはそこで部員の水泳能力を把握しようとしたものの、実際に泳がせての泳力テストは行わず、各部員の具体的水泳能力を把握するには至らなかった。

前記大会の終了後、孝宏は、顧問教師らからどの程度泳げるのか聞かれて、犬かき程度はでき、艇につかまること位はできる旨返答した。そこで、顧問教師らは、仮に艇が転覆してもマリンポーチを着けていれば沈むことはなく、練習の巡回監視や他の艇により救助を受けることが可能であるとして、孝宏の泳力については特に重視はせず、孝宏の右返答内容の真実性も確認することもなく、シングルスカル艇に乗艇させることに問題はないと判断した。そして、この時から、孝宏は、顧問教師らの勧めでシングルスカル種目に転向した。

その後、孝宏は、同年六月三日及び四日に開催された青森県高校総合体育大会漕艇競技一、二年生大会においてシングルスカル種目に出場し、以後、同年九月二三日及び二四日に開催された青森県秋期漕艇選手権大会(朝日杯争奪漕艇大会)兼青森県漕艇新人選手権大会においてシングルスカル種目に出場するなどの試合経験を積むとともに、ほぼ毎日夕方六時ないし七時ころまで漕艇の練習に臨んでいた。この間、孝宏は、練習中に一度艇から水中に落ちて先輩に救助されるということもあった。

翌平成二年、学校の二年生となった孝宏は、同年七月に開催される予定であった第四五回国民体育大会夏期大会漕艇競技会青森県選考会のシングルスカル種目に出場するため練習を重ね、本件当日に至った。

二ボート部における安全指導の態勢について

ボート部では昭和四九年に部員三名が水死するという事故を起こして以来、本件事故に至るまで、部員に対し、次のような安全指導を行っていた。

1  安全講習会への参加

前記のとおり安全講習会に部員を参加させていた。

2  「安全の手引き」の配付

水泳指導をボート部として行うことは、顧問の資質の問題及び漕艇練習のための時間を減少させ部活動の正常な運営を妨げるという理由で実施しておらず、「手引き」を部員に配付して、個人の責任で水泳能力を身につけるよう指導するにとどまっていた。なお、「手引き」では、漕艇競技につき必要な泳力の程度として「最小限五〇メートル、かつ浮き身、立ち泳ぎ程度は必要」であると記載されている。

3  マリンポーチ装着指導

ボート部では、マリンポーチを一二ないし一三個備え置き、シングルスカル艇及びダブルスカル艇(漕手が両手に一本ずつオールを持つ形式の二人乗りの艇)に乗艇する部員に対し貸与して、乗艇を始める最初の段階で乗艇する際には個人の責任で必ず装着するよう口頭指導をしていた。しかしながら、本件事故当時、マリンポーチ着用について毎日部員に指示をしていたということはなく、部員相互やマネージャーによるチェックも特に行ってはいなかった。

4  艇が転覆した際の行動指導

万一自分の艇が転覆する等して水中に転落した場合の対処として、顧問教師が自動車や自転車で川の周囲を走る等して巡回監視していることや、他の艇も出ていることを前提に、自分の艇につかまること、大声で助けを呼ぶこと、絶対に艇から離れないこと、他人がいない場合は足で水をかいてできるだけ岸の方に寄ること、絶対に無理はしないこと等を日常の練習の際口頭で指導していた。また、平成元年四月から本件事故発生までの間に、実際に艇庫の前の水面で艇をひっくり返す実地練習をしたことが一度だけあった。

5  日常の注意指導

練習の際は前記のとおり、顧問教師のうち誰かが川の周囲を巡回監視し、周囲の状況に気を配るとともに、マリンポーチの装着を含めて練習時に気のついた点は逐一指導することとしていた。

三本件事故に至った経緯

1  ボート部は、第四五回国民体育大会夏期大会漕艇競技会青森県選考会に出場するため、平成二年七月一九日午後四時ころから前記新田名部川において孝宏を含む男子部員二〇名、女子部員一四名の合計三四名が参加して調整練習を実施した。右練習に際し、森田教諭は同日午後三時五〇分ころから、三好教諭は同日午後五時ころから指導監督にあたっていた。

2  同所は前々日来雨が降り続き、同日も午後二時ころまでは雨が降ったり止んだりの空模様で、午後四時ころの天候は曇りであった。その頃の同所付近の川の水は土色に濁った泥水で、気候の平穏な日の同じ時間帯と比較して水位は三〇センチメートル程度高くなっていた。

3  孝宏は、同日の練習において自らの使用するシングルスカル艇を用い、同日午後四時三〇分ころから陸上においてリギングを行い、午後五時四〇分ころ乗艇した。シングルスカル艇は、乗艇者が左右のオールをクラッチピンでクラッチに固定して左右のバランスをとる構造になっており、このときも女子マネージャーの三上某が孝宏の乗艇する艇のバランスを崩さないように押さえて、艇の進行方向に向かって右側(孝宏の左手側)にある岸側のクラッチピンを締める手伝いをしたが、シングルスカル艇では岸と反対側のクラッチピンは漕艇者本人しか締めることのできない構造になっているところ、孝宏が艇の進行方向に向かって左側(孝宏の右手側)のクラッチピンを締めていたかどうかについては三上は確認していなかった。孝宏は、艇の調子をみるため前記むつ艇庫前の同川川岸から対岸に向かって二、三回オールを漕ぎ川岸から約四〇メートルの付近で方向を変えようとした。その瞬間、艇の進行方向に向かって左側(孝宏の右手側)のオールがクラッチから外れ、艇は同左側に転覆し、孝宏は同川の水中に投げ出された。

4  孝宏の艇が転覆したのを陸上で発見した男子ボート部員四名は、すぐに川に飛び込んで孝宏の救助に向かった。森田教諭は、艇庫の前で他のボート部員とミーティングをしていたが、「沈した。」(転覆したの意)という生徒の叫び声を聞き付つけてすぐさま土手に上がったところ、孝宏が艇庫の方を向いて手を上げ、水中でもがいているのを発見し、すぐ艇庫に戻って救命胴衣をつかみ、河川敷に置いてあったナックル艇を女子部員三人と一緒に水面に出して孝宏の救助に向かった。三好教諭は森田教諭と同じく艇庫付近にいたが、すぐ艇庫の公衆電話を通じて消防署に救助を要請し、学校にいた蛯名教諭及び原告らに連絡をとった。

5  川に飛び込んで孝宏の救助にあたった四名の男子ボート部員は、溺れている孝宏に追いついたが、間もなく同人が目の前ですぐ沈んでしまったため救助ができなかった。森田教諭が現場に到着した時点では、既に孝宏は水中に没して濁水のために姿は見えず、オールで付近の川底を探ってみたが孝宏を発見することはできなかった。同日午後六時ころ、消防署のダイバー三名が、同日午後七時三〇分ころ、自衛隊水中処理隊のダイバー約一〇名がそれぞれ潜水して孝宏の捜索にあたったが、川の中が汚濁して視界がきかず、同日午後八時五分に至って事故地点から約三メートル下流、水面下約三メートルの地点に沈んでいた孝宏の身体を発見し、すぐ病院へ運んだが、同日午後八時二三分、孝宏の死亡が確認された。そして、死因は溺死、死亡時刻は水中に没して間もない同日午後五時四五分ころと推定された。

6  本件事故後転覆した艇を調べたところ、クラッチ部分を含めて他の艤装品には全く異常はなかった。また、孝宏は本件事故時にマリンポーチを装着しておらず、マリンポーチもしくは日漕制定式浮環等の救命具を艇に積んでいたかどうかについては、いずれも現物が発見できず不明であった。

以上のとおり認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

第五被告の責任について

右認定事実をもとに被告の責任の有無について、以下判断する。

一およそ、高等学校におけるクラブ活動は、生徒の自発的な活動を助長することが建前ではあるが、高校生の心身の発達がいまだ完成途上にあり、自己の能力につき的確な判断が困難で、クラブ内での人間関係への遠慮や、自己の能力に対する過信から、ともすれば安全に十分な配慮をしないまま危険を伴う行動にでがちであることを考慮すれば、指導の担当にあたる教諭は、この点に十分留意して、クラブ活動の内容に即して個々の生徒に対しその特性に応じた安全配慮に対する助言・指導を適切に行うべきであると考えられる。

ことに、漕艇競技は自然の水面上で行われるスポーツであり、その性質上競技中もしくは練習中に艇の沈没、オールが外れて艇からの転落等の事故が常に想定されるものである。そして、乗艇者が水中に沈没したときには水泳能力が乏しい者であればなおさら、たとえ水泳に熟達した者であっても誤って水を吸引するなどした場合には溺水し、死に至る場合も少なくない。このような結果の防止にあたっては救命具を常に装着することが有効な手段であるが、個々の生徒の自覚的注意を促すのみでは着け忘れ等を完全に防止することはできずその結果、過去に漕艇の練習中溺死した事例が決して少なくないことが認められる。日本漕艇協会において、競技に参加する艇には必ず救命具を備え付けさせ、備え付けのない艇は競技に参加させないという強制的方針をとっているのも、この趣旨と理解できる。(以上、<書証番号略>)

二このような見地からすれば、指導担当にあたっていた顧問教師らとしては艇転覆等の事故が発生した場合に備えて、水中における行動の仕方を個々の部員の泳力に応じて適切かつ十分に指導するとともに、救命具の装着を実効性のある手段をもって部員たる生徒に徹底する必要があった。

すなわち、まず、本件についていえば、孝宏は水泳の能力が殆どない状態で入部し、実際入部当初に艇から水中に転落して他の部員に救助される事故に遭っているのであるから、顧問教師らは、ボート部において水泳訓練を実施するか、これが困難であれば、同人に対し水泳訓練の機会を持つよう強く勧告するとともに実際に水泳訓練を受ける機会を保障して必要な泳力を確実に身につけさせるよう相応の配慮をしたり、ボート部の練習の過程で実際に水中に沈む経験を複数回積ませるなどして、水泳能力に乏しい者が抱きがちな水に対する恐怖心を取り除くとともに水中での的確な対処を体得させる注意義務があったというべきである。そして、孝宏は、漕艇の技術や部内での経験・実績・学年構成等の理由で水中に転落した際他の乗員に救助されることが期待できないシングルスカル艇に乗艇していたものであるから、顧問教師らが孝宏に対しシングルスカル艇に乗艇することを許可した時点では、右注意義務はより一層重要なものになっていたと認められる。

また、水泳能力の如何にかかわらず、突然の艇転覆等で水中に投げ出される事態が発生した場合、誤って水を吸引するなどして水中での冷静な行動が不能になることは往々経験されるところであるから、普段の練習の際もマリンポーチ等の救命具の装着を徹底し、ある程度の訓練を経た者に折々見られるところの自己の漕艇能力に対する過信もしくは慣れによるマリンポーチの着け忘れ等がないよう指導担当教師自らの乗艇時におけるチェック、もしくは部員やマネージャーらの相互監視を含めたチェックを行わせる等の特段の安全に対する指導を行うべき注意義務があったと認められる。

三しかるに、顧問教師らは、水泳の指導に関して「手引き」を部員に配付して自己の責任で水泳能力を身につけるよう指導するにとどまり、実際の泳力の把握についても面前での泳力テスト等確実な方法による判定を行わず、単に部員から聴取するのみにとどまっていた。しかし、これでは部員の泳力を確実に把握するのは困難であり、想定される事故に対処できる程度の泳力を身につけさせるための指導としては、甚だ不十分であるといわざるをえない。また、艇が転覆したときの対処方法についても、艇につかまること、助けを呼ぶこと等の基本的な事項を口頭で説明し、艇庫前で艇をひっくり返す実地練習は、孝宏入部後本件事故に至る一年数か月の間にたった一回しか行っていないのであり、突然水中に転落した場合に、口頭説明を受けていたことを冷静に実行することを期待するのは困難であると考えられるから、この点の指導も不十分であると認められる。

そして、救命具の装着に関しては、日常各自の責任で自己の使用するマリンポーチを管理し、必ず装着するようにと口頭指導をしていたことは認められるものの、実際に装着しているかどうかのチェックを、指導担当教師、マネージャーもしくは部員が相互に、毎日の練習時に確実に行うまでには至っていなかった。一般成人の漕艇競技者ですら個人の自覚的注意によるだけでは救命具の着け忘れを絶無とすることが極めて困難であるのだから(以上<書証番号略>)、いまだ成人に達するまでには間があり、少年特有の判断の甘さを残している高校二年生の部員に対し、マリンポーチの装着を個人の自覚に任せるという指導体制では、着け忘れを完全に防止することはできないというべきである。そして、前記チェックは毎日の練習で乗艇する際目で見て確認するという比較的簡単な方法で行うことが可能なものであるし、特にシングルスカル艇についていえば、乗艇時他人の補助を必要とするものであるのだから、マネージャーや他の部員による相互チェックの体制を確立することも決して困難なことではないと考えられる。顧問教師らは、練習を巡回監視する際に気が付けばその場で指導していたことが前記のとおり認められるが、河川の周囲の状況の観察、個々の部員の漕艇技術のコーチ等の目的を兼ね備えた巡回では、マリンポーチの着け忘れについて見落しがあったとしても不思議なことではないし、本件事故も孝宏のマリンポーチ着け忘れが見落とされた状況下で発生したものであると認められ、救命具の装着指導という点に関しても顧問教師らの指導は甚だ不十分であったと認められる。このように、被告の履行補助者たる顧問教師らが現実に行っていた指導態勢は、部員たる孝宏の生命、身体の安全を確保するための注意義務を怠ったものといわざるをえない。

そして、顧問教師らが、前記安全に対する指導を日常から徹底し、安全配慮義務を履行していたならば、孝宏も、水泳技術を身に付ける機会が得られ万一の艇転覆の際にも救命具が作動して水面に容易に浮上することができ、冷静さを失うことなく艇につかまって救助を待つなど適切な対処をすることが可能であっただろうことは十分に予想できるから、顧問教師らの義務違反と本件事故発生の結果との間には、相当因果関係があるものというべきである。

そうすると、その余の責任原因の有無について検討するまでもなく、被告は国家賠償法一条に基づき、本件事故によって原告らの被った損害を賠償する義務がある。

第六原告らの損害

一孝宏に生じた損害

1  逸失利益

<書証番号略>及び原告そめ本人尋問の結果によれば、本件事故当時孝宏が満一六歳の健康な男子であり、学校で大学進学を目指して勉学しており、知的能力も高く、学業成績も優秀であったことが認められ、本件事故がなければ少なくとも一八歳となった平成四年には学校を卒業し得たと認められるから、同高校卒業時の一八歳から六七歳まで四九年間就労可能であったというべきである。

そこで、平成二年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計男子労働者平均給与額を基礎として、その平均年収を計算すると金五〇六万八六〇〇円(一か月あたりの所定内給与額を一二倍したものに年間賞与その他特別給与額を加えた額)となるところ、右稼働期間中の生活費は収入の五〇パーセントと認められるから、これを控除したうえ、ライプニッツ方式(係数16.4795)により中間利息を控除して孝宏の逸失利益を計算すると金四一七六万三九九六円(一円未満切り捨て)となる。

2  相続

前記のとおり、原告らは孝宏の両親であり、孝宏の相続人として同人の有する権利を相続したと認められるので、右一記載の額の二分の一をそれぞれ相続によって取得し、その額は各自金二〇八八万一九九八円となる。

二原告ら固有の慰謝料

前記認定事実に原告そめ本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を合わせ考察すれば、原告らは、一人息子である孝宏の将来に期待を寄せて、その成長を楽しみとしながら慈しんで育てていたところ、同人は被告の安全配慮義務違反に起因する本件事故により、一六歳にして短い人生を閉じることとなった。これによって原告らが深い精神的打撃と苦痛を被ったことは容易に推認できるから、原告らが被った右精神的苦痛を慰謝するには原告各自につき金七五〇万円をもってするのが相当である。

三葬儀費用

<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、原告富雄が出捐した葬祭費用のうち、少なくとも金九〇万円については、被告の安全配慮義務と相当因果関係があると認めるのが相当である。

四したがって、以上の合計額は、原告富雄について金二九二八万一九九八円、原告そめについて金二八三八万一九九八円となる。

五過失相殺

ところで、本件事故の発生については、次のとおり孝宏にも相当の過失が存する。

まず、一般に高校二学年に在籍する者は、判断力については成人に比していまだ十分でない点が多々あるものの、自己の生命、身体に関する危険を予測する能力については成人に比して特に劣るものとは認め難いところ、ことに、本件のようにボート競技のクラブ活動に参加して競技大会にも何度か出場するなど一定の経験を積んだ高校生は、危険の伴う練習にその内容や具体的危険を十分了知したうえで自己の意思に基づき参加するのであるから、正課の授業の場合と比較してもより一層に自己の生命・身体の安全に配慮すべき注意義務を負うものと考えられる。したがって、本件クラブ活動においては、生徒の生命・身体の安全を保持する責任をもっぱら顧問教師及び学校の管理責任者が負っていると解するのは相当でなく、部員である生徒自身もまた同様に責任の一端を担っていると解するのが相当である。

前記に認定のとおり、孝宏は、ボート部に入部する際殆ど水泳能力がなかったものであり、入部後間もなく艇から水中に転落する事故に遭遇した経験を持っていたのであるから、艇の転覆という不測の事態に遭遇した場合、とっさに呼吸を止めて艇の方向を見定め、浮き上がって艇につかまる等の適切な方法をとることができず、水に対する恐怖心等からパニック状態に陥り溺水の結果を招来するかもしれないことは十分予見できたものと推認される。したがって、孝宏としては、自主的に水泳の訓練の機会をみつけて艇の転覆に対処できる程度の泳力を身につけておくべきであったと考えられる。またそれとともに練習の際の救命具の使用の徹底は必ずしも万全なものでなかったが、少なくとも孝宏に関しては、漕艇競技につき相当の経験を積み、知的能力も高かったのであり、自己の水泳能力の不十分さからすれば、万が一の艇からの転落に備えて自主的に救命具の必要性を認識し、漕艇練習の際には必ずこれを装着して臨むべきであったと考えられる。

しかしながら、孝宏は、水泳の訓練を自主的に行うこともなく、事故当時の泳力は全く泳げなかったか最大限に見ても辛うじて犬かきができる程度の全く不十分なものであったのであり、孝宏は、この程度の泳力しかなかったにもかかわらず、救命具を身に付けることもなく漕艇練習を開始した。

さらに、孝宏の艇が転覆した原因は、事故後クラッチ部分を含め艤装品に全く異常がなかったことからすれば、孝宏がクラッチピンを締め忘れたか、十分に締めていなかったためであると推認される。孝宏は、シングルスカル艇のバランスを保つためにはオールを固定するクラッチピンを確実に締めてオールが艇から外れないよう注意すべきであった。

以上のとおり、本件事故の発生については、孝宏が上記の基本的な注意義務を怠ったことが、その原因の一つとなっていることは否定できない。

そこで、本件損害賠償額を算定するにあたって、孝宏の過失割合を考えてみるに、孝宏の右過失は基本的な注意義務を怠ったものであるが、孝宏が判断力の未だ未熟な高校生であることをも考慮すれば、その割合を五割として斟酌し原告らの損害額からそれぞれ減ずるのが相当であると認められる。

よって、被告において負担すべき額は、前記認定額から五割を減じ、原告富雄につき金一四六四万〇九九九円、原告そめにつき金一四一九万〇九九九円となる。

六損害の填補

<書証番号略>及び証人澁田卓資の証言によれば、本件事故に関し、原告らに対し、日本体育・学校健康センターから日本体育・学校健康センター法に基づく災害共済給付として金一四〇〇万円、青森県高等学校安全互助会から弔慰金として金一四〇万円、被告から弔慰金として金五〇万円、以上合計金一五九〇万円が支給されたことが認められるから、右金額の限度で原告らの損害が填補されたものとして、これを控除するのが相当である。その控除額は原告ら各自につき各金七九五万円である。

そうすると、原告らが請求できる額は原告富雄につき金六六九万〇九九九円、原告そめにつき金六二四万〇九九九円となる。

七弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは本件訴訟を原告ら代理人弁護士に委任したことが認められるところ、本件訴訟の難易度、認容額等諸般の状況を考慮すれば、原告らが被告に対し弁護士費用の賠償として請求できる額は、原告富雄につき金六六万九〇九九円、原告そめにつき金六二万四〇九九円(いずれも認容額の約一割)と認めるのが相当である。

第七結論

よって、原告らの本訴請求は、原告富雄につき金七三六万〇〇九八円及びうち金六六九万〇九九九円に対する本件事故発生日の翌日である平成二年七月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告そめにつき金六八六万五〇九八円及びうち金六二四万〇九九九円に対する前同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ認める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条本文及び九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官片野悟好 裁判官成川洋司 裁判官田邊三保子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例